源六は民宿らしい民宿です。ホテルのような施設や設備はありませんが、
その分、心温まるおもてなしと、いきとどいた接客ができると自負しております。

手作りの料理、ちょっとしたこだわりの品々…
どれをとってみてもご満足のいただけるものと思います。

ぜひ一度、この山陰の片田舎に足を運んでください。
きっと日頃の疲れをとり、ゆっくりとした時間の中で、
明日への元気が湧いてくるものと思います。

●女将のエッセイ/快楽のごとくならす

凍土に花の咲かずと嘆く半歳はおのれが花である外はなし
中城ふみ子『花の原型』


陰鬱な癌病棟の不毛な日々の中で、自分自身が花となって、輝きたいと詠う。
過酷な環境の中で生きていく花は、生の花でなく、漠然とした造花や装飾の類のものだ。死化粧さえ感じる静けさが漂う。


ふみ子は昭和十七年に十九歳で結婚、昭和二十二年までに三男一女を出産し、戦争から戦後にかけて子供の養育に明け暮れていた。
作歌は二十二年から始め、二十六年に信頼していた大森卓と死別し、同時に別居中の夫と離婚した。
昭和二十七年に左乳房を乳がんで失い、二十八年に再発、二十九年に三十一歳の若さで死亡した。
晩年は不幸へまっしぐらという思いがするが、たった七年の作歌人生なのに、歌人として不動の位置を獲得している。
それはふみ子の不幸への能動的な感性と尊厳や自立心の高さから共感されるものが多々あるからだと思う。


冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己の無残を見むか 『乳房喪失』


今起きている現実を俯瞰して、冷たく透き通った目で自分自身を眺めている。
ここまで達観できるのか、悲しみや無残な思いを超越した力強さを感じる


花が何かの塊の如く圧し来たる夕べを戦ふちから生れよ
『花の原型』


離婚後の歌のようだ。
花の存在感をマックスとしてとらえ、その力を私に与えてくれという、社会的なバッシングにも怯まない毅然とした態度が感じられる。
それは全て病になってからも変わることのない生きる力だ。


遺産なき母が唯一のものとして残しゆく「死」を子らは受取れ 『花の原型』


恋多き人だという先入観があったが、子供への愛、宗教的なもの、芸術、朝鮮部落などなど主題は多彩である。
まだ幼き子供を残して、ふみ子はどんな思いだったのか、「瑠璃いろの朝に想えばこの子らを生みたるほかに誇ることなし」という短歌もある。
子供らにとっては厳しい状況だが、ふみ子にとっては死をも贈り物のように子らに差し出したのだ。そして子供らへの信頼もそこにある。


灯を消してしのびやかに隣に来るものを快楽の如くに今はならしつ 『花の原型』


死にゆく寸前にもふみ子は、死神さえも快楽のように飼いならして死んでいったのだ。
この短歌は特に好きな歌だ。死の前にも自尊心と自信がある。
このように自分を信じて生きられたらどんなに幸せだろうか。気高さと力強さに感服した。

2021.6.25 源六・女将 嶋田冨美代