●女将のエッセイ/木という昏い広がり
木という昏い広がり君のうちに息づく水に口づけている
この歌集には、光、水、質量、重力、川、湖、森、季節、風、地球、鳥、天体などが多くちりばめられている。
そして、異なった二つのことが一首の中になんとなくすんなり納まっていて、何か意図することが漠然とあるが、なかなか正解を得られない難解さを持っている。
でも、とても魅力的な広がりや感性を感じることができるのだ。
この短歌は君を、水として感じていて、水が息づく広がりそのものの君を、体全体で受け止めているのだ。後の短歌も同じ歌集に入っている。
駅前に立っている父 大きめの水玉のような気持ちで傍へ
大きめの水玉の気持ちとはどんなのだろうか。たぶん、若い娘と父親ほどほどの距離を保って、会っている時の父親へのやさしい娘の思いなのだと思う。
べったりしたり、ぎすぎすの関係ではなく、お互いの優しさを根底にした自立した距離感が感じられる。
残照よ 体躯みじかき水鳥はぶん投げられたように飛びゆく
夕陽の落ちる中、飛び立つ水鳥がぶん投げられたように感じている。静かな夕陽とぶん投げられた水鳥の飛び立つ騒がしさが対比的に描かれている。騒々しさと悠久の残照が絵画のように際立つ。
湖と君のさびしさ引きあって水面に百日紅散るばかり
恋をしている彼なのか、湖も君もさびしそうで、お互いが寂しさの中にあり、ただそこに百日紅が水面に散っていくのだ。湖と君の停止している静けさに、時を打つように百日紅が散るようだ。
水をテーマにした短歌はこの歌集の中にもあり、「息の長い水切り」、「計量カップの水にも夜明け」、「君の言葉を水がはじくよ」など、難解なものが多くあった。若くして歌壇賞を受賞されていることだけあって、その感性は比類ないものだと思う。