女将からのメッセージ
 〜 但馬の歌人 有本倶子氏に短歌を師事しています。
    まだまだ稚拙なものばかりですが、とれたての短歌です。 〜


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源六周辺の花々

源六は民宿らしい民宿です。ホテルのような施設や設備はありませんが、その分、心温まるおもてなしと、いきとどいた接客ができると自負しております。手作りの料理、ちょっとしたこだわりの品々…どれをとってみてもご満足のいただけるものと思います。ぜひ一度、この山陰の片田舎に足を運んで下さい。きっと日頃の疲れをとり、ゆっくりとした時間の中で、明日への元気が湧いてくるものと思います。

●女将のエッセイ/湖(うみ)に降る雪

母を知らぬわれに母無き五十年湖(うみ)に降る雪ふりながら消ゆ
…永田 和宏『百万遍界隈』

永田和宏は幼児期に死別という絶対的な力によって、母親と別れなければならなかったことが母への歌の根底にある。
母を思い起こしたいが、その記憶が紐解毛ないつらさや悲しみがある。母がなくなって五十年、その月日は今、湖に降る雪が降っては消えていく様に感じれるのだ。思い起こそうとしても、儘ならぬ母の面影、降り続ける雪が次々と湖に容赦なく消えていく。
同じ歌集の中で、

昼の月透き通りはじめからわれにあらざりし者として母

昼の月が透き通っている。その月を見ていると、あたかもずっと私に無かったものとしての、母の存在そのものではないかと感じられるのだ。母親のことを知ることができない、胸の締め付けられる思いが、年月を経ても消えることがない。似たような諦めに近い、でも超越できているような歌がある。

母死にしのちの日月石段(じつげつつきざはし)は
時雨に濡れてどの石も濡る


母のいない月日を思えば、全てに隈なく時雨に濡れている石のようだ。少しでも乾いたり、濡れが浅かったりすることがなく、永田和宏の母への記憶や面影が、こんなにも恋い焦がれているのに、無に等しいのだろうと思われる。やがて、唯一語ることのできる父親は、「母を知るはもはや父のみしかれども若き日の母を語ることなし」になってしまった。科学者として、歌人として一流の域に達している永田和宏にして、母の存在は永遠に大きなものだ。

2018.6.15 源六・女将 嶋田冨美代